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きらめきに落ちて。

透き通った水に吸い込まれた 何度でもやり直せるよ

歴代主治医との関係

メンタルヘルス

私の今の精神科主治医は4人目です

おじいちゃんみたいな先生で私に安心感を与えてくれていつも見守ってくれるような

あてになるようなならないような、あえて例えるなら○○教の教祖みたいな存在です

 

1番目の先生は小さな病院の女医さんでした

私はその先生といつも手紙でやり取りをしていました

私が書いてきた手紙を診察中に先生が読みそうだったんだねと答えを返してくれるような診察でした

その先生の前で声を出すことができずそのような形になっていたのですが、その時私はまだ15才だったので私の診察を先にしてそのあとお母さんが診察室に入ってきてお話をするという感じだったのでお母さんに話を伝えて欲しくなかったので言いたいことの半分も伝えられてなかったし正直ではありませんでした

 

2人目の主治医は最初の主治医さんから紹介された入院施設のある病院の若い男性の先生でした

外来でもお世話になったけど主に入院でお世話になっていました

私は家に居ることが苦痛で居られなくて学校に逃げていたのですが、病状が悪化し勉強が手につかなくなり成績がガタ落ちし、それが耐えられなくて自殺未遂をし入院しました

入院して退院しては自殺未遂をして入院する、それが私の精一杯の生きる方法でした

もっと入院していたいとか家に帰りたくないとかここでも正直に言えなくて体で表現していました

 

ここでの主治医さんは毎日私の顔を見に来てくれて調子はどうですか?と聞いてくれました

でも自分の気持ちも体調にも気づくことができなかったので何も話せなかったと思います

でも私のことを心配してくれる気持ちは充分に伝わったので主治医さんが好きでした

入院中にも洗剤を飲んだりリストカットをしたりいろいろやらかしましたが

主治医さんは縫合までしてくれました

精神科医だから慣れないだろうに汗びっしょりになりながら一生懸命縫ってくれた姿を今でも覚えています

 

3人目の主治医さんと出会ったのは父の仕事の関係で転勤した新しい土地ででした

2人目の主治医さんのところを退院してからは1年以上精神科には通っていなかったのですが専門学校への進学がストレスになり病状がまた悪化し始めました

左腕を覆うほどのリストカット、それによる重大な貧血で近くの診療所から大学病院の精神科を紹介され受診しました

私はこの時が一番つらかった気がします

家族関係がうまくいかなくて家の中はパワーゲームの場でしかなくて、学校では同級生に馴染めず孤独感に包まれていました

そんな私を支えてくれていたのがリストカットなのですがこれもコントロールが効かなくなり輸血が必要なレベルまで傷の深さや量が増えていました

そこで出会ったのが3人目の主治医です

私はもう素直になろう、せめて先生の前では話したいことを全部話そうと決めて初診を受けました

先生は話をぜんぶ受け止めてくれました

これまでよく生きてきましたねなんて言ってくれて涙がボロボロ流れました

今までの先生は親あっての私を見ている感じがしていたんだけどこの先生は私を見てくれているという感じがしてすごく好感がもてました

 

そこから半年ぐらい通院していたある日私は飛び降りをしました

死ぬ気なんかなくて飛び降りなきゃ変わらないという思いに支配されて自室の窓からぴょーんと落ちました

それで私は腰骨と右内踝骨折と足背を骨折

主治医さんのいる大学病院の精神科に入院になりました

ようは入院したかったんです

でも以前のような方法では入院させてもらえなかったので飛び降りて怪我をするしかなかったんです

今思えば入院させてほしいといえば良かったんですけどね

ここでは主治医さんは週4日ぐらい会いに来てくれました

ベッド上から動けないので毎日主治医さんがくるのが楽しみで仕方ありませんでした

主治医さんは手術のときストレッチャーを押して手術室まで連れていってくれました

夜遅かったのに手術が終わるまで待っててくれて私が求めた握手をしてくれました

麻酔がかかったぼんやりした頭で主治医さんの手が握りたくて仕方なくて手を伸ばしたらギュッと握ってくれました

恥ずかしくて覚えてないふりをしていたけどちゃんと覚えています

他にも主治医さんは私を車椅子に乗せて病院内を散歩させたりしてくれました

病院の最上階のテラスであのタワーマンションには○〇が住んでたらしいとか医局はあっちにあって建物が古いとか子供は2人いるとか裏話を聞かせてくれました

それがすごく嬉しかったんですそんな経験今までなかったから

リハビリにもつき合ってくれて一緒に病棟内を歩いたりもしました

精神科的な治療も一生懸命してくれました

退院時には私へのアドバイスをまとめた紙をくれてそれは今でも役に立っています

今でも見返したい時があるんですけど実家を追い出された時に置いてきてしまったのでもう捨てられてしまったのかなと思うと悲しいです

 

そんな主治医さんとの関係は異動により1年で終わりました

ついていきたかったけどついていけなくて、でもそのおかげで今の病院に出会えたので巡り合わせかなと思っています

 

今の主治医さんとの関係は最初にも書いた通りおじいちゃんと孫のような関係です

権威ある先生のようなので見てもらえてることがありがたいことだよと言われることもありますが

ムカつくことも多くて調子が悪い時の診察後は大泣きのことが多いです

でもこの先生にお世話になってからが一番長いから安定はしています

この病院は看護師さんもいい人ばかりでどちらかというと看護師に癒されるほうが多いかな

 

私は家族以外の人には本当に恵まれています

どうしてこうもいい人ばかりが集まってくるのだろうと思うぐらいに

感謝感謝ですね

 

 

昨日大学病院の主治医を思い出す出来事があったので書きたくなって歴代主治医のことを書いてみました

長くなりましたが

おわり