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きらめきに落ちて。

透き通った水に吸い込まれた 何度でもやり直せるよ

変わりたい

変わりたい、そう思い始めた時からあなたは変わっているんですよ

 

自分がどこに向かっているのか求めているものはなんなのか

自分は今どんな状況なのかなにを考えているのか

自分のことが全く捉えられていなくて日常だけが確かに進んでいく現状が少し苦しくなってきた今日このごろ

 

私は今閉鎖病棟に入院しています

退院後1週間で一人暮らしギブアップ

私は私が思っていた以上に迷子になっていました

 

私はなにに迷子なのだろう

症状がなくなってもあなたを見捨てないから症状を出さなくてもいいよ

先生が退院って言ってもあなたが不安に思うならここにいてもいいよ

 

貪欲に愛を求めて愛がなんだかもわからなくなって精神の変調を演じ始めてなにが嘘か本当かも判断できなくなった私

そんな私を救おうと手を差し伸べて見守ってくれてる人がたくさんいるのに

わざと他人を傷つける言葉を吐いてそしらぬ方向へ行こうとする私

現実に戻ることが怖い 1人で歩けといわれても歩けないよ

たくさんの人にすがって手を借りながら生きていいことを教えてもらった

1人では生きられないのに助けがあるから生きられるのに

いつの間にかそんなことも忘れて1人で迷路に突き進んでいった

 

もうね嘘は飽きられちゃうよ

演じてない私のほうが愛されてたよ

それなのに演技をやめられない

見捨てられる不安が拭えない臆病者

 

愛されてるこんな私でも愛してくれる人がいる

戻っておいでと待っていてくれる人がいる

つらいんだねと思いを感じてくれる人がいる

私の名前を呼んで信じてくれている人がいる

 

もうそろそろ戻ろうね

現実と向き合おうね

どこか遠い世界に飛んでいきそうな私をつなぎとめてくれていた人たちのもとに帰ろう

私が普通でも大丈夫

私という人間を愛してみよう

 

おわり

 

考え方を変えてみる、退院

今の私に必要な事は考え方を変えてみることだと思えるようになりました

今日も1日つらかったと思うよりは今日も1日頑張ったって思えたほうが絶対楽だと思うのです

 

死にたい私にメッセージを送るとしたら

辛い時期はそう長くは続かないよ

いつか絶対元気になれるから

といってあげたいです

形からでも自分を愛してあげなきゃ生きていることがただただ辛くなってしまいます

 

先週精神科病院を退院しました

もう血内に行きたくないからという不純な理由で逃げるように退院してきました

精神状態は最悪で落ち着かない状況なのに退院してきました

退院後はデイケアに通うつもりでいますができるかわかりません

退院前にいろいろあって開放病棟出禁になってしまったので行く気がしないのです

 

でも私には人のつながりがしっかりとある

デイケアのスタッフとも外来のスタッフとも仲良くできるから行ってもいいんだけど1番頼りにしてる人に会えないから想像するだけで苦しいです

 

人のせいにしているうちは回復できないよと言われました

私の気分の波が今年になってから激しくなってしまった理由を考えるべきなのかもしれません

言語化する機会を自ら手放して思いを発酵させ膿にしているのかもしれません

でも多分1番は死をいつも考えてるからだと思うのです

死にたくないという思いもあるのに死ぬ計画をたてるから苦しいのです

 

おわり

生きて痛い

今は自分が自分の1番の否定者だから生きていることが痛いです

この考え方の癖は私の生き癖だから悪い癖がでてきたね~で済ませればいいのですが

私の頭は私を否定する言葉に乗っ取られて生きる希望をなくしています

 

生きていてもなんのメリットもないから死んだほうがいいよ

生きているだけで迷惑だから死んだほうがいいよ

私が生きれば生きるだけ無駄な金がかかるんだよ

そんなひねくれた言葉たちに思考の壁を作られそこにがんじがらめにされているような気がします

 

私がここまで自分を追い詰めるような言葉を吐くのに対して私の周りの人たちは生きてるだけでいいんだよなんて優しい言葉をかけてくれます

 

でもなんの成果も出していないなんの目標も達成できてない自分が恨めしくて悔しくて憎たらしい

生きるのが下手なくせに高い目標掲げてできないってなったら死にたいぐらいの気持ちになってしまう

きっとそれは途中までは人生に下手くそながらも優秀な成績を修められていたという実績があるからだと思うのです

そんな勉強できる頭と頑張るしかないという力が遠い以前はあったのに今はない

その頑張れないことが私をこんなにも困惑させているのです

 

私は頑張りたいのか頑張れないのかそもそもやる気がないのか

精神科的な病気のせいにするのにも限界があるような感じがするのです

 

いつかできるようになると言われてもその時がくることが信じられないし私はいつまでも落ちぶれている気がしてならないのです

 

きっと私は人生に夢を見ているんでしょうね

 

おわり

死にたいの迷路

生きるしか進むべき道はないのに死にたいという迷路に迷い込んでわけがわからなくなっています

 

本質的に私は生きたいのだと思うのです

でも素直にそれを表現できないし、生きることが怖いし、生きていてもいいという自信さえありません

自己評価の低さ、目標設定の高さ、実力の測り間違い

いろいろな理由から起因するものだと思いますが私には決定的に生きる力が足りていないのかもしれません

 

以前夢の中でただ生きるには私の力は及ばなかったという印象的なフレーズがでてきて以後私の頭に残り続けています

 

そうなのか、だからなのか

私の力が足りないのか、何故かすんなりと納得でき何度も脳内で再生されました

 

私が確実に死ぬ方法をとることはないでしょう

あわよくば死ねればそんな思惑で中途半端な自殺を試みてきたのが私です

結局は死ぬ覚悟が持てないから中途半端なことしかできないのです

本当に死にたいの?と聞かれた時うろたえてしまうのが私なのです

 

どうにか生きなければならないという方向に気持ちを切り替えられたら無駄な自殺未遂はしなくて済むのでしょうけど今の私にはそれを止める力もありません

自殺しなければという熱意に燃えたぎっていてでもどこか冷静に私が死んだらということも考えていて、それを考えられるから苦しいのだと思います

 

以前の私だったら思い立ったらすぐ行動、いつ死んでもいい、そんな浅はかな思いで生きていました

 

でも今は違う

死にたいけど自殺で最後を迎えることが悔しいと思うし、このまま生きていたっていいとさえ思える瞬間だってあるのです

 

私の死にたいは生きたいの裏返しなのでしょうか

一生懸命生きたいのにうまく生きれないから短絡的に死にたいに結びついてしまうのでしょうか

今は生きていることが苦しいというよりこれからの未来を考えると絶望的で私はなにもできない人間だという劣等感に支配されています

 

いつからか頑張れない人間になってしまいました

いつかまた頑張れる日が来るのでしょうか

それは高すぎる理想なのでしょうか

 

おわり

血液内科と告白

昨日は血液内科受診日でした

いつものように振り返り書いていきます

 

調子どう?肝機能悪くなってるんだけど

口開けはそんな言葉ではじまりました

 

ピロリ菌の除菌薬を飲んだのでそのせいであろうと言われたんですけどびっくりしました

体が張るのも疲れやすいのも肝臓が疲れてたからなんですかねぇ

 

血液のほうは前回とさほど変わらず

少し血小板が減ったぐらいでした

なので今回もプレドニン減量、自己断薬する前の15mgにやっと戻ってこれました

2ヶ月遅れです

今回はちゃんと飲めるといいなてか飲まなきゃいけないなぁと思っています

早くプレドニンやめてダイエットしたいんです私は

 

前回同様Hbが少し減っていて鉄剤の注射を打たれてきました

本当は診察の前に打つはずだったのですが主治医と相談してから決めますといって拒否

それでも打たれてしまいました

折れない先生ですね決めた事はやるというかHbは10あったほうがいいという信念をお持ちのようでそこまでは頑張ろう?ということでした

 

瀉血のことを告白してみました

私高い数値を見ると抜きたくなっちゃうんです~ってかわいいふりして言ってみました

驚きもしない先生に私が驚きながら

Hbが15とかで余裕があるなら抜いてもいいけど8とかで抜いて4とかになったら入院だよ?それは1番嫌でしょ?

なんて言われたり

検査結果渡さないようにする?

なんて言われたり

先生なりに気をつかってくれたようですが鉄剤は入れられました

 

でも先生と話してるうちに瀉血しても大丈夫なHbか〜なんて思ったりして10ぐらいなら我慢できるかなぁと思いました

先生は私を丸め込むのが上手です

 

1ヶ月に2回もフェジン、しかも1回3Aを入れられることが決定してしまったのですが精神科に入院しているうちは瀉血我慢しようと思います

生理出血が多くなることを祈って気合で鼻血もだし貧血を維持することを頑張りたいです

 

 

おわり